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観光庁補助事業の「インバウンドの地方誘客や消費拡大に向けた観光コンテンツ造成支援事業」における、英語圏の外国人を対象にしたモニターツアーが開催されました。留学生や奈良在住の外国人、奈良市内でゲストハウスや英会話教室を運営する方など普段から海外の方と接する機会の多い方々が参加しました。ツアーでは、参加者にレシーバーを配布し、同行する通訳がガイドの案内を英語で伝えました。参加特典の漢字で書いたネームプレートが好評でした。 |
▪人と野生の鹿が市街地で共生するという、世界でも大変珍しい「奈良の鹿」。
そんな鹿との関わりから、奈良の歴史・信仰・自然を深く学べるツアーを企画しました。
英語圏の外国人が対象で、専門家が案内する3時間のツアー2コースです。
タイトル:鹿×春日山原始林
~神秘の森・春日山原始林探訪 美と保護の力強い出会い~
実施日時/参加人数:2024年1月23日(火) 17名
開催日の23日はこの冬一番の寒波到来で風も少しある寒い日でしたが、参加者の皆様は防寒具に身を包み、主催者から手渡されたカイロもポケットなどに忍ばせ、杉山拓次先生(奈良教育大学ESD・SDGsセンター研究員)のガイドで、春日山原始林探訪を楽しみました。
▪春日山原始林ってどんな場所?
簡単なレクチャーで予備知識
参加者17名は、春日大社国宝殿前に集合。英語同時通訳のレシーバーを付け、ファーストネームを墨で漢字表記された木製のネームプレートを首に、「この漢字はどういう意味があるの?」と尋ね、周りからの答えに「ステキ♪ うれしい」と、まずは一つ目のサプライズを喜び合っていました。
主催者の挨拶に続き、ガイドの杉山先生の挨拶と同ツアーの簡単な説明がありました。先生は、春日山原始林の保全に関わっておられ、「春日山原始林を未来へつなぐ会 事務局長」を務め、奈良教育大でESD(持続可能な開発のための教育)や環境教育、市民による環境保全活動の実践などに携わられています。
まずはイラストMAPを手に、春日大社のすぐ後ろにある御蓋山・春日山という神域沿いを歩く行程を示されました。そして春日山原始林は特別天然記念物なのでドングリや葉っぱなど落ちているものといえども持ち帰り厳禁と注意がありました。そしてこの森がなぜ世界遺産なのか、また歩いたことがある人は今まで気づかなかったことを見つけましょう、と促されて出発しました。
CAP:途中、鹿たちの姿がちらほら見かけられ、「今年は角の残っている鹿が多いなぁ。角切りに手が回らなかったのかな」と先生。
春日大社末社の一言主(ひとことぬし)神社や今年の干支(えと)の龍王社(末社)を過ごして水谷川(みずやがわ)へ向かいます。橋の手前に同じく摂社の水谷神社の立派な社殿がありました。朱塗りの橋の下をのぞき込むとあちこちに白い紙が落ちています。ゴミではなく、「春日大社の神事にも使われる神聖な川で、人形(ひとがた)に願いを書いて流します。紙は木(コウゾ)からできているので、いずれ溶けます」と先生。
▪植物を見たり触ったり嗅(か)いだり、と五感を使って原生林の自然に触れる
水谷川沿いに進み、「春日山遊歩道入り口」の標識を過ごしてすぐに、右手の木の葉を触ってみました。それはイヌガヤで先が丸く触っても痛くない針葉樹とのことでしたが、すぐ向かいの木(カヤ)は、葉が細く先が尖っていてチクチクと痛かったです。頭に「イヌ」と付くものは“似て非なるもの(あまり役に立たないもの)”が多いと聞き、参加者からクスクス笑いが起きました。
イチイガシの葉にも触りました。春日山原始林を象徴する木の一つで冬でも葉を付けているドングリの木。葉の表面はツルツルなのに裏側は細かな毛が密生しているのが特徴。日に透かしても向こうが見えないから常緑樹です。
先を行く先生は、常に森の木々や足元、側溝などをキョロキョロ。折れた枝木や落ちている木の実などをうれしそうに拾って「この葉の葉脈を見てください。引っ張ってみてください」、「この実はさっきのドングリと違うでしょう? おいしいシイノミです」と、立ち止まっては見せたり触らせたりしてくださいました。
▪1100年以上も人の手が加えられずにいる照葉樹林
獣害や外来種増、ナラ枯れなどで生態系に変化‼
森の中の「特別天然記念物春日山原始林」と刻まれた石柱のところでは、元々この辺りは春日大社の神域として狩猟や伐採が禁止されていた場所ですが、市街地のすぐ近くに原始林があることは学術的にも価値が高いことから、1924年「特別天然記念物」に指定されたとのことです。続いて、ちょっと見上げた斜面に佇む、下は6観音を刻んだ六角柱の石仏『洞の仏頭石(ほらのぶっとうせき)』を指し、「この辺りが修験の場であったことを示し、神域に仏で“神仏習合”を物語るものかもしれません」と。『洞の仏頭石』は近鉄奈良駅5階にそのレプリカがあるので、見たい方はそちらで。
春日山原始林の価値の一つ「照葉樹林」について、先生お手製の資料をかざし、「森のうつりかわり」と題した絵で説明がありました。それによると照葉樹林とは、シイ・カシ類など葉がテカテカしている常緑広葉樹が多い森林のことで、何百年もかけて育った森なのです。ところが近年、鹿などに葉や樹皮を食べられ枯れていく木が増えたり、ナンキンハゼやナギなど鹿が食べない外来種が侵入・増加してきたり、ナラ枯れやシダ・コケ植物の衰退など、生態系へ影響を及ぼす課題が増えていると嘆かれました。
▪樹齢は見かけではわからない!
少し先の巨樹はモミの木でした。その隣にほっそりしたナギの木があり、先生の促しでその幹に触れてみました。モミはガサガサだけど何となく軟らかく、ナギの方はツルッとして硬かったのです。何と10倍もありそうな太いモミとナギは同じぐらいの樹齢だそうで、細い木の方が生長が遅く、太さで樹齢は語れないと知りました。ちなみにどちらも150年ぐらいの木だそうです。
料理旅館の月日亭近くで川の分岐を指し、一方は春日大社へ流れているとのこと。なお、この水谷川は上方の鶯の滝から流れ来る水で、かの地に水源地として祠(ほこら)が祀られているそうです。また、月日亭対岸の水辺に月とお日さまの形が刻まれた岩がありました。かつてはこの地に氷室があり、この岩の前で祭事が行われたそうですが、「現在は無理ですね、気候温暖化で」と。
▪植生保護柵で獣害から原始林の植生を守る
途中で左手の斜面に緑の保護柵が見えました。草や木を食べる鹿などを入れないための柵です。柵の手前は草や低木も少なく明るいのですが、柵の向こう側は植物がうっそうと生い茂っており、それが本来の春日山原始林に近い姿だそうです。鹿害から守っていると聞き、「奈良公園の愛らしい鹿とここにいる鹿は違う鹿ですか?」と参加者から心配そうな問いかけがありました。
奈良公園の鹿は人と共生し、人々から愛される存在です。その一方で原始林の中に入って折角生えた草の芽や若木を食べてしまう、それどころか農作物も荒らします。先生によると、鹿の数が増えて食べ物が足りなくなったことに原因があるそうです。ただ、鹿に言い聞かせることもできないので、植生保護柵という策を講じて害を少しでも減らし、生態系を守る努力をしていると苦渋の表情でした。
▪抜ける空! 倒木によるギャップ
遊歩道の途中で枯れた大木があり、地面まで光が届いて空が明るい大きな空間がありました。こうした場所を「ギャップ」と説明されました。本来なら、次世代を担う若芽が生長してまた森を形成していくのですが、新芽のうちに鹿が食べたり、フジヅルが絡みついたりしてそれが阻害されている状態なのだそうです。
▪目をつむり耳を澄まして、風や音、光を感じる
探訪の折り返し点まで行くと空が明るく開けており、そこで先生から「皆さん大きく広がって目を閉じてみてください。耳に手を当て、何が聞こえるか耳を澄ましてください。風はどっちから吹いていますか? そしてどこからどんな音が聞こえてきますか? 光を感じるのは? それらの方向に体を向けてみましょう」と促されて、皆さんそれぞれに首を傾げたり体の向きを変えたりして、自然を感じていらっしゃるようでした。どなたもとてもリラックスされた表情でした。
森の感じ方を体験した後は、ピストンで戻りますが、下りにも新たな発見が随所であり、その都度先生に質問したり、先生からもイタチやテン、タヌキなど小動物の糞の説明やリスが食べて海老フライ状になったまつぼっくりを見せていただいたりしました。ベルベットのようなフジの種は、パンと音を立てて弾けるそうです。皆が驚き、競って地面に目を凝らして探し始めたのは、丸い謎めいた穴が開いている葉っぱでした。それはムササビがかじったものだそうです。
この遊歩道を初めて歩いた人はもちろん、過去に何度か歩いた方も、「知らなかった! 多くの発見があった!」と話されながら下っているところへうれしいサプライズ♪ 何と10頭余りの鹿の一群がゆるゆると斜面を降りてきたのです。スマホ写真を撮りながら「おせんべい持ってないのよ、ごめんね」と詫びて、別れました。
春日大社国宝館前に戻った一行は、熱いほうじ茶で暖を取り、春日大社の神撰ゆかりのお饅頭『ぶと饅頭』の甘みに笑みがこぼれていました。また、主催者から手渡された鹿せんべいでしばし鹿と戯れた後、QRコードからツアーのアンケートに答え、記念にもらった鹿の折り紙を大事にしまって帰途に就かれました。